カテゴリ:ちょいとお話( 6 )

いよいよオリンピック!

いよいよ始まりますねえ〜オリンピック!

今はこんなんですけど(?)、私も元はバリバリ体育会系のオンナ(元ね、大昔ね。)
やっぱりオリンピック観るのは大好き!
カールルイスの大ファンだったし!(ってテレビでも言っちゃったね)

あとねえ、この歳になるともう涙なしでは観られないほど感情が入り込んで見入ってしまうのですよ。
もう普通の、それこそそんなに大した場面でなくても泣いちゃう。

「あ〜、今まで血のにじむ努力したんだろうな〜」
「いろんなプレッシャーに耐えてきたんだろうな〜」
「ここまで支えた親御さんはエラいなあ〜」

などと、勝手に感動ドラマ化させて選手達を見ちゃうと、もうダメダメ。
脳内で盛り上げる音楽まで流れて更に興奮させて泣く。
え?おかしいっすか?

まあね、現実にはドーピングを使ってまで上を狙うおバカさん残念な人たちもいるのは確かなんですけどね・・・。


ところで、もうニュースでもあーだこーだ言ってるように
今回のオリンピック、、、いろんな意味でちょっと心配でもありますねえ。ジカ熱とかテロとか
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だってあなた、南米ですよ!
犯罪の多いリオデジャネイロですよ!

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こんなプリプリなお姉ちゃんがお出迎えしてくれるのかもしれませんけど〜

だ・だいじょーぶなの、リオ!?

っていうのが、ちょっとだけ南米生活をかじった私の本音です。
残念ながら。


私達がリオに行ったのは約1年前
去年の8月後半アルゼンチンを去って、日本に帰ってくる途中に立ち寄りました

「それでも世界的に有名なリオデジャネイロ
来年はオリンピックだし・・・きっと・・・・!!」

と、ちょっと期待して行ったわけですけど、やっぱりアレでしたね。
残念ながら「南米」でした。

有名なコパカパーナビーチはオシッコ臭く
建物もスラム街みたいな感じだったし
これで来年オリンピックやって大丈夫なの?・・と思ったもんです。

地元の人は
「俺たちは絶対にここの海には入れないよ」
と、言うほど悪い下水事情も耳にしたしね。。。

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それでも、頑張って地下鉄もギリギリ間に合ったみたいだし
選手村のホテルもあちこちでまだ準備ができてないとはいえども、とりあえず寝られるようにはなったみたいだし
とにかく世界中から集まる選手や応援団たちが滞在中とにかく安全に過ごせるよう無事に終わることを願うばかりです。


ジーザスさん、頼みますよ!
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運良く私は来週から日本!
日本で久々にオリンピックを見て、日本を応援できます!
もちろんニュージーランドも応援するけど、やっぱりね、私はニッポン人ですもの。
まずは日本です!

がんばれニッポン!



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by miki-argentina | 2016-08-05 19:21 | ちょいとお話 | Comments(0)

変更しまーす

昨日ちょこっと触れたとおり
このブログタイトル変更します!

実は一旦変更して、南米のブログランキングからも抜けたんだけど

あ・・・もしかして前のブログ名から訪問して下さっていた方もいるかも・・

と思って、また一旦戻しこれを書いてます。


なので、もし次回私のブログを探して下さる方は

「世界の田舎生活:ニュージーランド編」

を探してくださーい。

アフリカのようにまったく別なブログを作ろうかと思ったんだけど
面倒くさいのでやめました。あは

ブログランキングも今度はニュージーランドに変更しました。

今後とも宜しくお願います。


取り急ぎおしらせまで〜〜
で、ついでにコレ押してもらうと今度はニュージーランドのブログさんたちへ仲間入りさせてもらいます。



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by miki-argentina | 2015-10-10 07:06 | ちょいとお話 | Comments(4)

ちょっと恥ずかしい光景:日本人編

トマトがうまい〜〜〜〜〜っ!!!
トウモロコシが甘〜〜〜〜〜い!!!

私個人的にはミョウガがたまんね〜!003.gif
(家に回りにはあっちこっちにミョウガ畑があるもんでね)


と、田舎の新鮮野菜に唸っている毎日を過ごしています。

我がふるさとは、トマトやトウモロコシ、そして大根がいーーーーっぱい。
だもんで、農家から直接届く傷のついて出荷できなくなったものを頂けるラッキーな時期なんですなあ。

それもタダで!024.gif024.gif024.gif

トウモロコシ大好きなゴンは、今の時期どこの家でも余っているほどあるトウモロコシにかぶりついてます。
(親戚の家に行くと必ず出されるんでね)


・・・さて


ところで、日本の話の前に、1つどうしてもここに書き残しておきたいことがあります。


日本に帰って来る前のリオデジャネイロで異様とも言える光景を目にしました。

それは・・・

日本の高校生。
男子。

たぶんサッカーか何かの運動部の団体、2組。合計50人ほど。
全員五分刈り。
アディダスのダブダブ〜と着た運動着。


ま、それはいい。
それが規則だしね。
スポーツマンらしくていいですよ。

だけども・・・

なんと、その中の9割の男子が

マスク!!!をしているんですよ。

だら〜〜っとスーツケースに寄りかかったり、座ったりしている男子が
みーーーーんな白いマスクをしているんですよ。

日本ではマスクをするのは普通の光景だと思うんだけど
あれ、海外でやったら絶対異様な光景。

近くにいた人は

「なんだあれは?おかしいよ」(もちろん英語で)

と、言ってじーっと彼らを見つめて首かしげてましたよ。


そりゃそうだ。うん、うん、私もそう思う!


あまりにも目立って異様な光景だったので
同じ日本人としてちょっと恥ずかしく、マジで「やめた方がいいよ」とおせっかいおばさんになってしまいそうでした。

飛行機の中は乾燥しているから・・とか
変なばい菌が入らないように・・とか

日本ではマスクの必要性をいろいろと言っているようだけど
海外で、それもバンバンスポーツをしている若者がそこまでする必要はないと私は思う。
ってか、そんな柔でどうする!と私は16、7歳の若者に言いたい!

『みんなと一緒』『右へならえ』の日本独特な、ある意味変な習慣は時によってはおかしな行動を引き起こしてしまう。
そんなことを象徴するような光景でした。

まあ、本人たちがいいのならそれでいい。。ちゃあ、それでいいんですけどもね。

やっぱり同じ日本人としてちょっと恥ずかしいものです。


それからもういっこ。

それは日本についてお台場での出来事。

週末だったせいもあって結構人が多く、道わきでも芸人を目指す(きっとね)パフォーマーがいたんです。
そしてその回りには小さな子どもたちとその家族たち。
私達も暇だったのでちょっと見させてもらったんです。

正直言ってたいした芸じゃなかったけど、15分ほどのパフォーマンスの後、一応寄付というか、「お客様の気持ち」として
お金を頂きたい・・・みたいなことを彼が言ったんですね。

さあ、皆さんはここでどうしますでしょうか?


私達は普段たいていどこでも、別に大きな感動したわけではなくても一応そこで見させてもらった気持ちとして
コイン(小銭)は必ず入れてくるので、当然今回もお金を出しました。

しかし


しかしですよ、皆さん。
なんと、そこにいた30人ほどの日本人の人たちは(多くが親子)は、サーーーッと帰ってしまったんですよ。
子どもたちは結構笑って楽しんでいたのに、なんにもそれに対する「気持ち」はあげたくないらしい。

で、驚くことに、お金をあげたのはゴンともう一組の外人さんだけ!

芸人さんも「あれ〜!なんと外人さんだけ!・・・・ありがたいです。」なんて言ってました。

これも、ちょっとある意味びっくりの光景で、特にゴンはびっくりしてました。
外人さんに親切で礼儀正しい日本人は意外に「ケチ」だったんだと・・。
これも、もし誰かがあげたら、「じゃ、私も」ってなるのかな。
いや、そうゆう問題じゃないと思うなあ。


これにもいろんな意見があるし、別に強制することではないですけど
私個人的には、やっぱりそこで見させてもらう以上、10円でもいいからあげようよ!って思うな。
特に、子どもが一緒で、子どもがケラケラ笑って楽しんだのならなおさら。
「ありがとう」の意味を込めて子どもに10円握らせて「お兄ちゃんにあげてきなさい」・・・ってくらいのことを親が言ったら
子どもは何かを学ぶんじゃないかと思うんだけど・・・。

まあね、これも個人差があるのでどうしろこうしろとは言えませんけども
少なくとも私が知ってる海外では、同じような光景では親本人が、もしくは親が子どもにコインを握らせて渡す
ということが普通に行われている気がします。

良い悪いは別として、ちょっと日本人として「がっかり」した光景でした。


どーでもいいこと・・・かもしんないけど
どうしても言いたかった・・。




みなさんはどう思います?


今日も訪問ありがとうございます。
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by miki-argentina | 2015-09-03 10:06 | ちょいとお話 | Comments(4)

お知らせ

もう大分前から決まっていたことなんですが
もう1ヶ月を切ったのでここでお知らせします。

今月の22日にアルゼンチンを去ります。

いろいろなしがらみの多い場所で働いているゴンはほっとしている様子。

先週の小旅行は使っていない休みを使い切る為と、アルゼンチンにいながらここの観光をしていなかったので
慌てて行ってきた・・って感じです。

首都のブエノスアイレスには結局行かずじまい・・・だな。
空港とホテルには行ったけど、町中は一切見てません。
今回帰るときもブエノスアイレスに立ち寄るけど、きっと空港止まり。
まあ、大きな町は苦手な二人なので別に心残りは・・・ないかな。
(ごめん、ブエノスアイレス)


改めて地図を見るとわかるけど、アルゼンチンって土地的には大きな国。
南の方に行けばパタゴニアとかいろいろ見る所はいっぱいあるんだろうけど、なかなか移動が大変です。

でも、今回サンタフェ地方、コルドバ地方に行ったので、とりあえず少しは観光した・・・ってことで満足してます。


アルゼンチン・・・・

まったく知らずに予備知識ゼロで乗り込んできましたが。。。
いろんな意味で ”意外” に「残念」な国だったなーと言うのが本音ですかね。

それを象徴しているのが、地元民の言葉。

サンタフェでアンドレスのお父さんが挨拶に来た時のこと。
話の中でそのお父さん、こんなことを言いました。

「神様はアルゼンチンにすばらしい土地を与えてくれた代わりに、厄介な人間を置いてってくれた」

確かにアルゼンチンは土地が豊富で、自給率は非常に高い。
さらに石油もガスも金も銀もでる国なのに、なぜまるでアフリカの貧しい村みたいな風景が広がっているのか?

あと、旅の途中でメルロと言う地元の人に人気の観光地にも立ち寄ったんですが
そこに家族と旅行に来ていた中学生と話をすることがありました。

彼は英語は勉強しているものの話す機会がないのでなかなか話せないといい
それでも一生懸命私と会話してました。

その時彼が言ったこと。

「アルゼンチンは美しい国だけど、政府が崩壊している。政府のせいでダメな国になっている。恥ずかしいよ」

・・・

・・・

14歳の男子ですよ。14歳。

なんだかなあ・・・。
可哀想になってしまった。

はっきり言って、アルゼンチンの政府の悪さはあっちこっちで日常で聞くので
きっと14歳の彼だって否が応でも耳に入ってくるんでしょう。

それにしても、初めて会うアジア人のオバちゃん(←私)にそんなこという14歳がいるだろうか?
それだけ国民の政府に対する不信感が高いってことなんでしょうけど・・それにしても。。。ねえ。


でも・・・

私個人的にここで出会った人たちはみーーーんな(ほぼね)いい人たちでした。

カリンガスタ村でも子ども達も学校の先生も店の人たちもみんな親切で良い人たちだった。
ゴンは仕事柄外人ということもあっていろいろ嫌な目に逢って来たらしいけど・・・。
(外人・よそ者を排除しようとするのはきっと何処の国にいってもある程度は同じなんだろうな)


あと3週間弱。
持って行けない服などは教会に寄付したり、ニュージーランドの家に送る荷物を作ったりと忙しくなります。

それから大事なのはボブのこと。
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最初はニュージーランドに連れて帰ろうかと思ったんだけど、ニュージーランドに私達が落ち着くという確信がないので諦めました。
近所のオバさんがもらってくれると言ってくれてるし、他にも「欲しい」って言ってくれる人がいるんだけども
今一番良い場所を検討中です。


・・と、以上報告でした。


またまた訪問ありがとうございます。
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by miki-argentina | 2015-08-03 23:21 | ちょいとお話 | Comments(6)

留学までの道のりと追い風

今でもはっきり思い出す。

友達とどっかで夕食を食べながら、
『カール・ルイスとの将来の密会(?)の為には英語が必要だ!まずは英語だ!英会話だ!034.gif
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と、真剣に語っている自分・・・・。
そしてこんな彼とペラペラ英語で会話している自分を想像していた。016.gif

さらにこんなことを言ったのもはっきり覚えてる。

「まず、一歩!」


そんな言葉を神様はちゃんと聞いていたらしい・・・。
「英語を学ぶ」宣言をしてからすぐ、1週間も経たない内にアパートの郵便受けに入ってきたのは
「英会話教室」の広告! しかもキャンペーン中で割引!

そりゃやってみるしかねーべ!ってことで、速攻で申し込みました。

はっきり言って、学生時代の私は「英語」と言う授業は苦手でした。
短大の英語の試験で「一夜漬け」をして、朝方の仮眠をしたらうっかり寝坊して試験を受けそこねる・・・と言う失態もしてます。
試験を終えた友人の「ウメ!(そう呼ばれていた)なにしてんの?具合悪いの?大丈夫?」との電話で目を覚ました時の脱力感って言ったら・・・。
(結局2000円の罰金を払い追試を後日に受けた・・・んだっけな?)

そんな私なので、英会話教室を通い始めた時は

『 I am 』 と 『 I was 』の区別からやり直さなければならないほどひどいもんでございました。037.gif

でも ”なんとかなる” もんです。
(この言葉、何度使っただろう)

英会話の先生に
「ホテルに勤務してて、アメリカ人がいっぱいいるんだからそのチャンスを使わない手はない!是非頑張って」
と言われ、そのときホテルでショーをしていたアメリカ人に声をかけてみたのでした。

「私は○○(名前)です。英語を勉強しています。いっぱい英語が話せるようになりたいです」

と、幼稚園の子どもが「ウルトラマンになりたいです!」と七夕の短冊に願い事でも書くような、そんな単純な文を書いたメモを持ち歩き
もし食堂で会ったら渡そう!とそのときを狙っていたのでした。

今思うと、「大胆!」と思うけど、なんだかそんなことができてしまったんだなー、あの時は。

それからは、もうあれよあれよと言う間に、英語を話す事に楽しさを見つけ、ホテルで働いていたアメリカ人とチャンスさえあれば話し
終いには彼らと休みの日に出かけたり、だんだんと友人関係を築くまでになっていったのです。

英語が話せるようになる → 新しい出会いがある → 違う文化を知る → 人を知る!!

→→→ おもしれ〜っ!!!!


と、こうなってきたわけです。

これで、もっとちゃんと自分の意見を言えて、人の話も理解できたら・・・
いったいどんな世界が広がっているんだろう?!

そんな風に思い始め、この歳で流暢に話すにはもう集中して勉強するしかないだろう・・・ってことで
そこで初めて『留学』と言う言葉が思い浮かびました。

既に友達として交流を深めていたアメリカ人たちは、半年の契約期間を終えアメリカに帰ってしまっていて
私が留学の話をした時は、「是非私達の家にいらっしゃいよ!」と言ってくれたのですが

なぜか、私はその時
「友達の世話になるのではなく、誰も知ってる人がいない、更に行ったことのない国」にしようと決めていました。

そんな話を英会話の先生にすると
「じゃ、ニュージーランドなんてどう?」

「え?ニュージーランドってどこですか?」

・・・そう
その時の私はニュージーランドがどこにあるのかさえ知りませんでした。


留学を決めて、しばらくしてから辞表を出した時の支配人の言葉・・・・今でもはっきり覚えてます。


「30目前のオンナが留学して、英語がまあまあ話せるようになって日本に帰ってきても、なんの役にもたたねーぞ」
「今のような仕事にまた就けるとは思うなよ」

・・・

・・・

・・・

今思えば、失礼極まりない言葉にも思えるし、ある意味「確かに」とあの頃の日本の現実を考えれば納得することもできる。

でもその時は、私の頭には「留学」のことしかなかったので、彼の言葉はいずれにしてもまったく見事に頭に入ってきませんでしたね。

「でも、行きまーす!お世話になりました!」


と、数ヶ月後に退職。
いよいよニュージーランド留学に向けてあれこれ忙しくなりました。
そのとき29歳。

あれ?
おかしいぞ?
25歳くらいまでには普通に結婚して、普通に主婦になって・・・・と言ういわゆる『普通』な道を歩くと思っていたのに
なんか全然違う方向に向かってるぞ。


でも
なんなんだろう?
『追い風』みたいなものってあるんだな。。と今でも思います。
あの時は本当にニュージーランドに向けて『追い風』が吹いてました。

いや〜不思議。
あの時の自分の行動力はいったいなんだったんだろう?と今でも思う。

1年後日本に帰国した後のことなんてまったく考えてもなく
とりあえず、目の前にある「留学」のことだけしか考えられなかった。

・・

うーん

また繰り返すけど

『なんとかなるもんです!』 006.gif

目の前のことを、とりあえず一生懸命やってたら、道はおのずと開けるんじゃないかと・・・。


あはは、ダメかね。
そんな計画性のない人生は・・・・。

「少年よ大志を抱け」と言ったクラーク博士。。。
すんません。私は『大志』を抱かず生きてきました。040.gif



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by miki-argentina | 2015-07-23 19:31 | ちょいとお話 | Comments(3)

カール・ルイスとの出会い

テレビのカメラを前にして言ってしまったことなので
ここでもぶっちゃけちゃいますけど

私の『憧れのお方』だったカール・ルイスのことをここでちょいと語らせてもらいます。
(そんなことどーでもええわい!ってかたはスルーしてね)


『憧れの ”人”』じゃないよ、『憧れの お・か・た053.gif』ですから、もう。

なーんてね、今じゃすっかりあの頃の情熱は冷めてしまっているわけなんですけど
彼の全盛期にはそりゃもう盛り上がりました、私。

自分が短距離と幅跳びを得意としてやっていたこともあってさらにお熱が上がりまくり016.gif
白い靴下をはいたあの細く締まったふくらはぎっ!・・・セクシー最高でしたね。(←アブナイ・・)
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彼の最後のオリンピック。
1996年のアトランタでの彼の活躍は、もうしびれまくってました。
朝仕事行く途中にセブンイレブンに立ち寄ってー
彼が載っているスポーツ紙全部買って彼の記事は10回くらい読んでー
更にその部分を切りとってー
そして気に入った写真は仕事場のデスクに挟んでー
たら〜んと目をハートにして仕事してました。037.gif

それを見ていた(あきれていたとも言う)男性上司たちは
「おいおい、そんなに黒いのが好きなのかあ〜?へへへ」とからかってましたけど、私はぜーんぜん平気。

あの時の彼に比べたら、オフィスの男性陣なんて・・・・・・くらいなもんにしか見えてなかったんで
そんな人たちに何言われてもそれこそ『馬耳東風』。
(その時の上司達がこれを読んでないことを願う!)

そんな私の「カール熱」はホテル内(私が勤務してたところ)では結構有名になっちゃってました。

そして・・・

私はとうとう(形としては限りなく実物に近い←おおげさ)カールルイスに出会う事になったのです。

私はホテルの人事課で働いていたんだけど、ある日オフィスの私の電話が鳴りました。
相手は人事課長。そう直属の上司です。
毎日同じオフィスで仕事していたので、私の机のカール・ルイスの新聞切り抜きはよーくご存知。

その日、上司は事務所の近くにある、彼の友人でもあるカメラ屋さんから電話してきたんです。

そして、彼がこんなことを言いました。

「あのねえ〜、俺、今カール君と一緒なんだけど、迎えに来てくれるかなあ」
「なるべく早くな。よろしく〜!」 (ガチャン←電話を置く音)

は?
今、なんて?
誰?カール君って?

と、その時はいったい彼が何を言ってるのかわかりませんでした。
いつも冗談を言う人だったので、まあ、何か荷物があってそれを持ちに来いってことなんだろうな・・・と
歩いて5分ほどのそのカメラ屋さんに向かいました。


そして、店のドアを開けた途端・・・・


目の前に立っていたのはなんと

このお方↓↓016.gif016.gif016.gif


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等身大の(木製)カール・ルイスだったのですよ!!


びーーっくり!!
190cmほどの巨大な彼が笑顔で立ってたんです。

そして
身長160ちょっとしかない上司が、カールの腰あたりからひょっこり顔出してニコニコ・・・。


確か、その当時、富士フイルムかどこかがコマーシャルでカール・ルイスを宣伝として使っていたんだと思うんです。
で、そのカメラ屋さんにはカール・ルイスの紙のポスターの他に木製でちゃんと立つ、等身大のカールルイスも置いてあったんですよ。
それもプラスチックとか発泡スチロールとか軽いもんじゃなくて、『板ばり!』

その上司は友人に頼み込んでくれたらしく、なんとそのカール・ルイスを私の為にもらってくれたんです〜!

今思うと、190cmのカールルイスを上司と二人で持ちながら、事務所まで歩く姿はかなり異様だったと思います。
カールルイス、、、ちびっこい日本人に両脇を抱えられ・・・誘拐? みたいな光景。

「せっかくもらってやったんだから、ちゃんとアパートまで連れて帰れよ!」

と言う上司の言葉もあったので、車の助手席を倒しなんとか車に詰め込みアパートに連れて帰りました。

しかし・・・


その時住んでいたアパートっていうのはワンルームで8帖ほどしかない小さい部屋。
最初はカール君と一緒に寝起きしていたんだけど、だんだん邪魔になってきちゃってね・・・・037.gif
布団を敷くたびに「ちょっとどいてね」と移動させ、友達が来ても座る所を確保する為に移動させ・・・
と、しているうちに、とうとうカール君、居場所がなくなってしまったんですねえ。
あと、木製だったし、立てる為の金具とかもあったので結構重たかった。

そして最終的な彼の居場所が・・・ベランダ!! 
もちろん外から丸見えだったので、かろうじて彼には家の中を見てもらうようにして外向けには怪しい後ろ姿だけ。

友達が来るたびに、「あ〜あ、可哀想だね、カール・・・」と言って気の毒がっていたのを思い出します。

結局雨風にさらされ、さすがのカールも色褪せてきてしまって最終的には廃棄物となってしまったわけですが・・・


そう、そのカール・ルイスが私の「英語」を勉強するきっかけになったわけなんですよ。

ついこの前、テレビを観た友人も
「あったよねえ、ベランダにカール・ルイス・・・」って言ってました。037.gif


でも人生ってわからないもんです。

本当に、あのとき
「もしカール・ルイスと会ったとき、ちゃんと英語話せなきゃダメじゃん?」 

って真剣に言ってましたから、私。・・・バカですね。

そしてそんな風に、バカっぽいことでも真剣に言ってると、ちゃんと神様は用意してくれるんですねえ。
その後、いろんなことが変わっていくわけなんですよ。

あ、でもその時点では仕事を辞めることも、「留学」なんてこともこれっぽっちも考えてませんでしたけどね。




・・・と、長くなったので今日の話はここでおしまいにします。


別にそれから何がどうなって29歳で留学しようとしたのかなんて興味ないって方もいらっしゃるでしょうけどね。

でも、やっぱり「運命」とか「追い風」ってあるんだなーと、あの時の自分を思い出すとつくづく思うわけです。

もしよろしかったら、この話、続けてみます。


今日も訪問ありがとうございます。
もし、その後の話に興味があるようでしたらポチとご意見をお願いします。


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by miki-argentina | 2015-07-22 22:32 | ちょいとお話 | Comments(3)